ラドラムの原作とはまた毛色の違う映画化ですが、既に1作目から5年(だっけ?)経った今、誰も気にしてはいない領域に達していると思うので―――というか、1作目からして「マットがボーンか…?」というギャップはあったわけで、まあそこはそれ。
でもとりあえず言っときたいのは、まあ前作で彼女がお亡くなりになったのでヒロインポジションが必要なわけです。(いや私は
ドキッ!男だらけのCIA&スパイ祭でも一向に構わんのですが)(ついでにCIA一オトコマエなのはジョアン・アレン演じるパメラだと思われ)…えーと何だっけ。
そうそう、ヒロインが要るようなので、そこはまあ前作から出ているニッキーことジュリア・スタイルズがそこに据えられるのですよ。その選択自体は別にいいのだが。
ボーンの過去とワケアリなのは絶対後付けだと思う。
ジュリアさん見る度に「太った…?」と思ってしま丸顔も見慣れて結構カワイイ。ボーンの協力者となっていくプロットも、それ自体に不満や矛盾があるわけじゃない。
ただ、私には後付けにしか見えない設定(本当にそういう設定であの雰囲気を撮っていたのならば)で協力―――ってのは、興醒めするなァ。だったらボーンに惚れて協力する、というこれまたステレオタイプな流れが良かったかっつうとそうでもないが。
いや、でもそこを上手く組み合わせてもうちょっと何とか出来たんじゃないかと思うんだ。2作目で殺されかけたようなもんだし、そういう異常体験を自分という個人領域でも、職場という広い領域でも引き起こしたボーンという人間に対する興味と、感じざるを得ない吸引力。そんなので良かったんじゃないかな。
パメラとの携帯でのやり取りは、前作のシーンを踏襲していてニヤリ。それを言うなら[
ニッキーが髪を切って染める姿を見ているボーン]は、観客と一緒に追体験をしているわけだ。いろいろと細かく前作ネタを仕込みながら、事態は最後へと向かっていく。そして、今回いよいよボーンの過去が明らかに…!
…えーと。
うん。
何て言うか。
スケール小さいよね。
ぎりぎりまで引き伸ばした過去―――まあ観客もだいたいの想像はついているし、そこから大きく逸脱はしないけれども―――がこの程度か?と、少々肩透かしを食らった気分。いや、設定そのものは悪くない。祖国を守るために、自分自身のすべてを葬り去ることを選ばされた男。それが観客の想像とも一致している、ボーンという男だと思う。
それにしては描写があまりにも短絡すぎた。あの拷問は精神攻めにしては中途半端だったし、何より単に[
顔を隠した男を撃つ]だけでボーンの築いたものがすべて崩れ去るとは思えない。あれが転換の理由には見えない。(相手が罪の無い一市民を模しているとしてもだ)
原作云々をある意味すっ飛ばして言うならば、あの男の正体は[
ボーンの兄弟]が良かった。それを撃つということ、それが必要だと言うこと、後戻りできないこと。
デイビッド・ウェッブは死んだということ。それがとても説得力を持ったんじゃないかと思うのだ。
あと、これは疑問。2作目で亡くなってしまった彼女の兄弟に会うとき、字幕は「妹は」となっていたけど、1作目で彼女の家族構成に触れたときは
「弟」になってなかったっけ?単なる記憶ミスかな。いやでも、あの人はフランカさんの兄には見えな―――女性の年を云々言うのは失礼ですかすみません。
全体的にはシリーズ通して良作。恒例・今回の敵はクライブ・オーウェン、カール・アーバンに続いてはやっぱり小ぶりだった気がしてしまうのだが、最初から最後まで響く「過去の声」の持ち主が現れた時点でお釣が来るかな。まさかここでこの役者が!という驚きでした、個人的には。
マットは「もう年だしシリーズは今は終わりだよ!」と言っていたけれども、
バッチリあのラストシーンなのでまだわからんぞと。どうでもいいけどラストのニッキー、笑顔になるところがとてもキュートだったけれど…なんか
レネー・ゼルウィガー姉さんに似てなかった?