映画の徒然メモ。他サイトでのログを移植中
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これではないので注意しようね!
余談だがこれは声優がマトさんだったので観た覚えがある。しかし音楽がジマーさんだったとは知らんかった…。
とりあえずミラー御大がついに監督だぜ!と大きなお友達をわくわくさせていたものの、映画祭とかでことごとく失笑されていたと海外ニュースを読んでいたので、ある意味ものすごく期待して観賞。その期待は裏切られなかった。本当にある意味では。
あらすじ>>>ザ・スピリット(2008)
[オススメするタイプ]
・ミラー御大なら許す
・サミュエルなら許す
・ここまで来れば許す(見なきゃわからん)
[オススメできんタイプ]
・蝙蝠男とか見て「アメコミって結構いけるんじゃね?」って思った人
・罪街とか見て「アメコミって結構いけるんじゃね?」って思った人
・というかたぶん普通の人大多数
余談だがこれは声優がマトさんだったので観た覚えがある。しかし音楽がジマーさんだったとは知らんかった…。
とりあえずミラー御大がついに監督だぜ!と大きなお友達をわくわくさせていたものの、映画祭とかでことごとく失笑されていたと海外ニュースを読んでいたので、ある意味ものすごく期待して観賞。その期待は裏切られなかった。本当にある意味では。
あらすじ>>>ザ・スピリット(2008)
殺害されるも奇跡的に甦った刑事デニー・コルトは、以来マスクで顔を隠しながら犯罪に立ち向かう“スピリット”として愛する街セントラル・シティを守り続けていた。しかし、彼は死同然の状態から復活出来る自身の謎について未だ分からぬまま。そんなある夜、最凶の犯罪者“オクトパス”がウォーターフロントの泥地で何やら怪しい取引に及んでいることを聞きつけ、現場へ駆けつけるスピリット。そして2人が壮絶な死闘を繰り広げる中、オクトパス腹心の部下シルケンが海底から引き揚げた謎の品2つのうちの片方を持ち去っていく。やがて、もうひとつの品を手にしたのが世界で暗躍する魅惑の宝石泥棒サンド・サレフだと知るスピリット。サンドは彼の幼馴染みで初恋の相手だった。複雑な思いを胸に、謎の品を持つかつての恋人サンドと宿敵オクトパスを追うスピリットだが…。
[オススメするタイプ]
・ミラー御大なら許す
・サミュエルなら許す
・ここまで来れば許す(見なきゃわからん)
[オススメできんタイプ]
・蝙蝠男とか見て「アメコミって結構いけるんじゃね?」って思った人
・罪街とか見て「アメコミって結構いけるんじゃね?」って思った人
・というかたぶん普通の人大多数
これはもう、「原作読んでなきゃまったく意味不明」で「原作読んでると失笑する」映画なのではないかな、と思う。ミラー御大が素晴らしい大物であり、偉大な人物であることは重々々々々々々々承知なのだが、それでも…いや、それゆえに?静止画であるアメコミを動画である映画に移し変えるにあたって、「如何に原作に忠実にするか」ということに囚われすぎてしまっている。原作を愛し、そもそもアメコミを愛し、アメコミが血と肉となっているようなミラー御大、アメコミを重視しすぎた。もっとも作らせたら楽しみな人だったんだが、もっとも作らせてはいかん人でもあったのか。
ああ、そっくりだなと思う。人物とかコマ割とか、表現とか。でも原作読んでない人にはわからない。そして原作を知ってはいても、あまりにそっくりにしすぎようとしているせいなのか、役者が体を張ったリアルパラパラマンガにしか見えない。つまりは、映画特有の動きをつけることに失敗している。
二次元を三次元に、原作を映画に。異なるフィールドに持っていくには、取捨選択が必要だ。残念ながらミラー御大は、それを一般とは異なる方向に持っていってしまった。彼のこだわりはコミックでは素晴らしいが、全編通して映画にするには、ちょっと異なっていた。
というかそもそもこれ、知らん人には『シン・シティ』の劣化コピーにしか見えないだろうな。
原作を愛しているからなのか、とにかく原作にそっくりにすることに労力が注ぎ込まれている。キャラしかり、カット(コマ割)しかり、ギャグしかり。それが簡単に言えば、映画としてことごとくスベっている。とても残念だ。
原作を知らなくても楽しめるようにしたい、とは、御大は思っていないような気がする。とにかく原作をリアルな三次元に持ってくることに、すべてを費やしたとしか思えない。
それは最初から最後までを監督するならば、してはいけないことだったのだなあ。(シン・シティみたいに一部分だけだったら、まだそのこだわりが吉と出たんだろうけど)
キャラが濃い。いや、まあもともとそうなんだけど。
濃いキャラを濃い役者が演じてるから、それはもう凄まじいことに。既にミスター・アメコミと化した感のあるサミュエル様すげぇ。演技が熱すぎて、うっかり素晴らしい話に思えてくるくらいすげぇ。本人おそらくノリノリ。
そしてスカヨハことスカーレット嬢を、初めて可愛いと思った。(今までの印象=肉感的)眼鏡のとき可愛いよ!
今回「肉感的」部分を受け持ったエヴァさんは、まあ今まで演じたキャライメージと同じか。ヒッププレスすごかったです。そしてエヴァさんがバスローブやタオルで出てきたら、落ちるか脱ぐかしないとアウトなので、あのシーンは様式美としてとてもよかったと思います。
主人公…えー、主人公。別に中の人にどうこう言うつもりはないのだが、周囲が濃すぎてどうにも印象がペラッペラ。誰でも良かったんじゃね?とか思ってしまう。とりあえず覚えているのはパンツ。
お誘いいただいた試写で観たのだが、帰り道に後ろ歩いてたアメコミスキーらしき兄ちゃん達の一人が言っていた、「いや、もういい。フランク・ミラーなら許すよ。オレはそう思うよ。ミラーだから許すよ!」という言葉に尽きると思う。御大だから失笑・苦笑なんだが、御大だからこそ許せるんだ。兄ちゃんと語り合いたかった。
しかし何故御大は自分の作品を監督しなかったんだ。
「え、だって自分の作品はちゃんとした監督に作ってもらいたいし?」ってことなのか。そうなのか御大。
ああ、そっくりだなと思う。人物とかコマ割とか、表現とか。でも原作読んでない人にはわからない。そして原作を知ってはいても、あまりにそっくりにしすぎようとしているせいなのか、役者が体を張ったリアルパラパラマンガにしか見えない。つまりは、映画特有の動きをつけることに失敗している。
二次元を三次元に、原作を映画に。異なるフィールドに持っていくには、取捨選択が必要だ。残念ながらミラー御大は、それを一般とは異なる方向に持っていってしまった。彼のこだわりはコミックでは素晴らしいが、全編通して映画にするには、ちょっと異なっていた。
というかそもそもこれ、知らん人には『シン・シティ』の劣化コピーにしか見えないだろうな。
原作を愛しているからなのか、とにかく原作にそっくりにすることに労力が注ぎ込まれている。キャラしかり、カット(コマ割)しかり、ギャグしかり。それが簡単に言えば、映画としてことごとくスベっている。とても残念だ。
原作を知らなくても楽しめるようにしたい、とは、御大は思っていないような気がする。とにかく原作をリアルな三次元に持ってくることに、すべてを費やしたとしか思えない。
それは最初から最後までを監督するならば、してはいけないことだったのだなあ。(シン・シティみたいに一部分だけだったら、まだそのこだわりが吉と出たんだろうけど)
キャラが濃い。いや、まあもともとそうなんだけど。
濃いキャラを濃い役者が演じてるから、それはもう凄まじいことに。既にミスター・アメコミと化した感のあるサミュエル様すげぇ。演技が熱すぎて、うっかり素晴らしい話に思えてくるくらいすげぇ。本人おそらくノリノリ。
そしてスカヨハことスカーレット嬢を、初めて可愛いと思った。(今までの印象=肉感的)眼鏡のとき可愛いよ!
今回「肉感的」部分を受け持ったエヴァさんは、まあ今まで演じたキャライメージと同じか。ヒッププレスすごかったです。そしてエヴァさんがバスローブやタオルで出てきたら、落ちるか脱ぐかしないとアウトなので、あのシーンは様式美としてとてもよかったと思います。
主人公…えー、主人公。別に中の人にどうこう言うつもりはないのだが、周囲が濃すぎてどうにも印象がペラッペラ。誰でも良かったんじゃね?とか思ってしまう。とりあえず覚えているのはパンツ。
お誘いいただいた試写で観たのだが、帰り道に後ろ歩いてたアメコミスキーらしき兄ちゃん達の一人が言っていた、「いや、もういい。フランク・ミラーなら許すよ。オレはそう思うよ。ミラーだから許すよ!」という言葉に尽きると思う。御大だから失笑・苦笑なんだが、御大だからこそ許せるんだ。兄ちゃんと語り合いたかった。
しかし何故御大は自分の作品を監督しなかったんだ。
「え、だって自分の作品はちゃんとした監督に作ってもらいたいし?」ってことなのか。そうなのか御大。
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